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ウッカリが3つ重なれば [敦賀]

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昨年、江東区『猿江恩賜公園』の黄金色に輝く木々を思い起こしつつ…。

12月中旬のこと、郷里の友人Y・Nから電話。
「かたのいい“せいこ”を今日送っといたから…」
※せいこ:越前蟹のめすのことで、小ぶりだが味のいい味噌に
 朱色のウチコとソトコが詰まってとっても美味。福井、冬の名品。
彼は毎年この蟹を贈ってくれるので、
我が家では一年の楽しみの一つになっている。

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クール便だから明日には着くだろうと、ワクワクしながら待っていたものだ。
ところが翌日になっても、3日たっても届かない。
「おーい、待てどくらせど届かないけど、お前どこに送った?」
宅配便送り状の控えを確認してもらうと、それは私の以前の住所。
引越し先は番地以降が違う程度のため、住所をウッカリ間違えたようだ。
「じゃ、宅配便から何か連絡が来るだろうから、待ってるよ」
それから2日たっても連絡なし。
そこで宅配業者に連絡をとってもらうことに、既に5日が経過。
問い合わせたところ、その住所に届け、相手も受け取っているという。
ここで考えられるのが、受取人のウッカリ送り主確認ミス。
そして、宅配業者のウッカリ受取人確認ミス。

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後日談だが、受取人はすぐにその蟹を美味しくいただいてしまったという。
その受取人から、送り主の彼に丁重に電話、
自分が食べた分と新たに送る品代を払いますと謝ってきたとか。
私の方へは宅配業者からこんなことになってと、謝罪の連絡。
地元福井での蟹の水揚げの事情もあってなんだかんだ、
私の手元に後送の蟹が届いたのは「送っといたから」の連絡から約10日後。
初回の品代は勿論送り主の負担、2度目の品代は宅配業者持ちだったとか。
というわけで、ウッカリ受け取ってしまった方は、
越前の貴重な旨ーい蟹を無料で食べられて、まさに棚からぼたもち。
東京で越前蟹の旨さを知る人が一人増えて良かったと、
二人で大笑いしたものだった。
誤送ゆえ蟹が増量になったとか、業者からの迷惑恩恵は何もありませんでした。

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ウッカリが3つ重なったことで生じたこの一件、
もし「送る」とも「受け取った」とも言わない間柄では
ちょっとゾーッとする話しかも。

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今日の『グッドラッ句』
  せいこ蟹 待ち待ちくれて なお旨し   デザイン屋

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芸大美術学部 卒展

いま、園内再生整備中の上野公園を抜けて、東京芸大卒展へ。
芸大美術館はたまにくるが、校舎巡りも楽しいもの。
さすが芸大生の作品と感じさせるものもあれば、首を傾ける作品も。

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卒展キャプションに掲げている“檻からサバンナへ”。
まさに喰うか喰われるか、この時代のアートの世界、
芸大卒といえども厳しい社会が待っている!
2月3日迄

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大学村のランチ

芸大の卒展へ行く前に御徒町の韓国料理、ビビンバハウス居酒屋 大学村で、
先ずは安いステーキランチで腹ごしらえ。※大学繋がり。

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写真と絵の四季彩展 mitu & よしあき

ソネブロで知りあった、mituさんと吉明さんのお二人それぞれの
写真と絵のコラボによる作品展が2月10日より開催される。
私はDMハガキのデザインを協力させていただいた。
mitさんと吉明さん、ご依頼どうもありがとうございました。
お二人のどんな“Throb”が感じられるか楽しみだ。

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  日時:2011年2月10日(木)〜16日(水)10時〜18時
  場所:ポートレートギャラリー
     東京都新宿区四谷1-7 日本写真会館5F TEL.03-3351-3002

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『よしあき・気まぐれ絵日記』
http://yoshiaki-mizue.blog.so-net.ne.jp/


東京スカイツリー

芸大、絵画棟8Fより。

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『東京スカイツリー』
http://www.tokyo-skytree.jp/



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桜咲く&東京スカイツリー [敦賀]

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この時期思い起こされるのは、郷里敦賀の“花換まつり”。
桜の名所として有名な“金崎宮”での春の一大行事。
ここ金崎宮は足利軍に敗れた恒良・尊良親王を祀った由緒ある古社でもある。
花換まつりは夜桜見物の男女が「花を換えましょう」と声を掛け合い、
お互いの桜の小枝を交換することによって想いを伝えあったといわれる。
「花換え」をしたカップルは将来幸せに恵まれるといわれ、
近年は市外からも大勢の若者が訪れてくるのだとか。
このお花見イベントは昔からあったのだが、なんともロマンチック。
近頃では縁結びする金崎宮を“恋の宮”と呼ぶのだそう。

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金崎宮・花換まつり(4月1日〜15日)
http://www.turuga.org/matsuri/kanagasaki.html
http://www.city.tsuruga.lg.jp/sypher/www/event/detail.jsp?id=6092

そんな想いのなか、都内の開花チェック

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3月25日・冷たい雨の桜

今日の『グッドラッ句』
  花冷えに けなげに綻ぶ 桜意気   デザイン

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3月30日・乃木神社・乃木邸の桜

この春一番の晴天。
乃木坂での仕事帰り、乃木神社に立ち寄ると桜が青空に見事に映える。

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今日の『グッドラッ句』
  空青く 笑え走れと 桜色   デザイン屋

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4月1日・東京満開宣言

満開宣言がでたこの日は朝から春の嵐。
今年の春はほんとにきまぐれ。

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東京スカイツリー

東京タワーの高さと肩を並べたスカイツリー。
スカイツリーが建つ押上界隈の旧い街並の取り壊しも目立つ。

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スカイツリーの自宅前定点観測

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3月11日
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3月30日

『東京スカイツリー』
http://www.tokyo-skytree.jp/

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敦賀のズワイガニとセイコガニ! [敦賀]


先日、友人A・M氏の奥さんが法事で石川に行って来たからと、北陸名産おいしい『ズワイガニ』をいただいた。
今日の休みもいい天気、ベランダから見る空には美しい雲のフォルム。何かいいことがありそうな予感。

そんな思いをしているときに、“ピンポーン”、なんと郷里の敦賀(福井県)の友人Y・Mからまたまた蟹が、しかも『セイコガニ』が届く。
『蟹』、だーい好きの私には立て続けのラッキー

旬の蟹は本当に旨い。特に松葉ガニは甘味があって、蟹味噌も美味しく、私は蟹の中で一番美味しいと思っている。
福井県内で水揚げされる蟹のほとんどが松葉ガニ。この松葉ガニを称して、福井の港に水揚げされると『越前ガニ』と呼ばれる。(鳥取沖で捕れたものでも越前ガニとなる)『越前ガニ』のなかでも雄の蟹を『ズワイガニ』といい、雌のことを『セイコガニ』という。
ちなみに、「越前ガニという名前の名付親はオレだぞ!」と豪語すのが、敦賀港近くにある相木魚問屋の壁下会長。恰幅のいい元気で面白いおやじさん。帰郷したとき、ここで蟹や魚を買うといつもサービスしてくれる。
昨今はズワイもセイコも値が張るが、子供の頃の敦賀ではこのセイコ、おやつ替わりに食べたほど安いものだったことを思いだす。

普通、蟹の足はハサミを除いて全部で10本、たらばガニや花咲ガニは足が8本で、本来やどかりの仲間だとか、形的に蟹と呼んでいるそうな!
『ズワイガニ』の良さはなんといっても身が大きく、甘く、味噌も美味しい。しかし、本当に旨いのは『セイコガニ』だ。雌ゆえに形は小ぶりだが、身と味噌にコクがあり、なんといってもウチコ(卵巣)とソトコ(卵)が絶品の味わい。

この小ぶりな『セイコガニ』、地元の人でないと食べやすい裁き方を知らず、面倒くさいとみそ汁や鍋に放り込んでしまわれる場合がほとんど。しかし、これほどもったいない食べ方はない!
美味しく食べるための『セイコガニ』の裁き方は、先ずソトコをはがし、次に甲羅を下に左右の足をそれぞれ束ねて持って腹側へ折り曲げると、甲羅が簡単にはずれる。はずした甲羅の先の目と目の間の口元に親指を当て、下方へグイと押すと、あごが簡単にはずれる。はずれたその内側にはウチコや味噌がたくさん隠れていて、ほぐしやすくなる。
胸から足をばらした後は、写真のように面倒でも包丁を入れる。こうすると箸1本でも身をはがしやすく食べやすい。そして二杯酢、三杯酢で召し上がっていただきたい!

味噌やウチコの入った甲羅に、身をほぐし、醤油・酢・酒を少々、直火でグツグツ煮込んで食するのも、これまた美味しい!酒の肴にも最高!
『越前ガニ』は1月が一番高騰する。ゆえに12月に食するのが一番お得。2月の水揚げになると、身が水っぽくなってしまい味が落ちる。
昔、暮れも押し迫った頃、仕事仲間4人と東京から新幹線に乗り一泊二日で、越前ガニを食べにワザワザ福井の三国まで行ったことを思いだす!
美味しい『セイコガニ』、地元敦賀や福井県越前海岸に行って、茹で立てを是非召し上がってみてください!


『相木魚問屋』Tel.0770-22-0645
http://aiki-uodonya.com/
※蟹・釜茹で風景写真は相木魚問屋より


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バリに重ねる敦賀の夕日! [敦賀]


バリの良さは、風土や風習、人々などのいずれをとっても、心を和ませるところが自分にとっては心地いいのかもしれない。もう一つ、夕刻どの場所にいても美しく感じるのが、バリの夕景だ。ヤシの林や山陰に落ちる夕日、海をピンクに染める夕日がまた素晴らしい。夕日が美しいといわれる場所はいくつかあるのだが、最も有名なところは、海の岩島に寺院が建てられたタナロットというところか。ピンク色の海に寺院と岩陰がシルエットとなり、夕日が静かに海へと消える様がなんとも神秘的だと評判のところなのだ。

バリへはこれまでにかなりの回数行っている。ある時、止むなく1年以上行けないときがあった。そんな折りの5月気下旬、兄弟全員が集まり、郷里の敦賀へ両親の墓参りで帰郷することになった。
敦賀というところは、海と山に囲まれた狭く小さな町で、かの原発というのが存在するものの、自然に恵まれた風光明媚なところだ。
その時、少し時間もあって、狭い町のわりに一度も行ったことのなかった、敦賀半島の最先端にある立石というところまで足を伸ばす。ここでなんとも感動的なロケーションに遭遇、敦賀にもこんなところがあったのかと再発見することに。

敦賀は三方が山に囲まれた扇状地形になり、残る一方に白い砂浜と松原が有名な松原海岸のある敦賀湾が広がる。湾の右側は山、左側は半島が迫り出しているため波は静かで、松原海岸からは水平線はほとんど望めず丁度湖のようにさえ感じる。このような場所なので、敦賀ではあの東尋坊に見るような日本海の怒涛のような荒波などめったに見ることのないところなのだ。
敦賀半島の湾沿いの曲がりくねる道を車でとばし、かなり先にある原発も越える。先端の僅か手前で車は行き止まりになり、小道を歩くこと20分位。
当然のことなのだが、半島の先端に行ってみると外洋が大きく広がり、この日の波は穏やかだったものの、日本海の荒波にもまれた岩肌は険しく、湾内で見る岩場とは全く異なる光景だった。

広く日本海の彼方に続く水平線に、丁度太陽が沈む寸前でもあり、さざ波に夕陽がきらめきなかなかの絶景。兄弟たちとしばしこの光景に見入ってしまったものだ。
そして、しばらく間を空けていた、バリのタナロットの夕陽が懐かしく想い起こされたのだった。
敦賀の夕日の名所に是非加えてほしいと思うほどの場所だった!
『敦賀観光協会』http://www.turuga.org/


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敦賀と水戸の因縁! [敦賀]


私の父方は敦賀、母方は水戸出身である。そして現在、その敦賀と水戸は姉妹都市としての関係を築いている。そんなことからちょっと因縁話しを。
敦賀を舞台にした幕末の有名な史実に、水戸藩士である武田耕雲斎ら天狗党の一党を幕府側がこの敦賀の地で処刑してしまったという悲惨な出来事がある。
1864年、武田耕雲斎が率いる水戸天狗党は、尊王攘夷を唱えて挙兵。朝廷に志を訴えようと京都へ上る途中、敦賀で捕らえられ、にしんを入れておくにしん倉に収容されてしまう。
一党に対する幕府の処刑は徹底して行われた。翌慶応元年(1865年)二月、敦賀の松原刑場において、先ず武田耕雲斎ら二十四人が斬られ、合わせて三百五十余人が斬罪、死罪に処せられた。他に、島流し137名、水戸藩渡しが130名。
ところで、この当時父方の柴田仁兵衛(私の曾祖父)に嫁いだ、横浜はやの父(私の曾曾祖父)は、小浜藩に籍をおき、刀の達人をかわれ無理やりこの首切り役人を命じられたそうだ。毎日五、六人の水戸藩士の首を見事に斬り落としていたという。首切り役人は何人も用意されていたものの、中には刀の下手な役人もおり『もう一太刀お願いします』と中途半端に斬られてしまった水戸藩士が叫ぶと、役人が再度刀を振りかざしやっとのことで前に掘られた穴に首が転がるという光景もあったそうだ。
はや(私の曾祖母)の父がにわかの首切り役人になったこともあり、はや自身はよく松原刑場に見物に出かけたという。この生々しい光景はいつまでも忘れられず、後に孫の諭吉ら(私の父)によくこの話を語っていたという。
その父諭吉は後に水戸出身の父を持つ江尻サチと出会い結婚する。もしかすると、江尻一族の一人がこのはやの父に首を落とされていたかも知れないとすれば、何とも数奇な因縁めいた話になってしまうのだ。そうでなくても、敦賀という小さな町で、敦賀と水戸出身の縁というのもきっと稀だろう。

現在、その松原刑場跡の小高い塚の上には天狗党一党の霊を慰めて、石垣に囲まれた大小の墓石が建っている。これには武田耕雲斎以下、天狗党の三百五十余名の名前も刻まれているものの、風雪に朽ちてかすかに読める程度である。
私の母は昔、その中に血縁の祖先名を見かけたことがあると妹に話していたそうだが、その名の存在について事実かどうか確証はない。
水戸藩士らが収容されたにしん倉は、昭和29年の秋に松原神社境内にその1棟を移築し、現在は水戸烈士記念館となっている。
この水戸烈士の愛国精神がたたえられてきたことと、敦賀では松原神社の祭神として丁寧に祭られてきたこともあって、昭和40年4月30日に敦賀市と水戸市は姉妹都市となった。
『敦賀観光協会』http://www.turuga.org/
※史実については各種文献参考・史跡写真は敦賀観光協会より


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